いぶきとは?

今は亡き三波春夫先生が「委佐雄さん。

これからは、福祉が求められる時代になりますね。これからの福祉は、委佐雄さんのような若い人が担って行かなければならないと思いますよ。」

と、私に仰ったことがありました。

三波春夫先生は、元香取学園理事長であり園長の菅谷喜一先生と若い頃から肝胆相照らす間柄で、しばしば菅谷喜一先生のもとを訪れては親交を深めておりました。

そして、菅谷喜一先生が運営している社会福祉法人香取学園のいろいろな活動に力を貸してくださりました。

学園には、様々な事情により多くの子どもたちが入所していました。

また、どうしようもない理由で子どもを学園に預けなければならない親もいました。

そんな子どもや親の苦しみ・淋しさを少しでも和らげ明るく元気に暮らして欲しいと願い、三波春夫先生は毎年学園へ訪れ子供たちや重荷を背負っている親たちを励まして下さいました。

当時、私も菅谷喜一先生に随い学園に勤めており、三波春夫先生を訪れ、お話を伺ったりお願いをしたり、お会いする機会が多くなりました。

三波春夫先生のお宅へお伺いすると、「よく来た!さぁ、上がって!」と仰り、時を忘れて話し込むこともしばしばありました。

そんなときは、まるで息子のように接していただき、芸能のみならず福祉、人としての生き方などについて教え導いていただきました。

それ以来、家族同様のお付合いとなり、現在も交流を続け、応援を頂いております。

社会福祉法人香取学園は、昭和の混乱期、戦禍で行く当てのなくなった子どもたちの居場所づくりから始まった福祉施設ですが、菅谷喜一先生のご尽力によって大きな施設になりました。

現在では児童養護施設、知的障害児施設、知的障害者更生施設等を併せ持ち、多くの人々の福祉に貢献しています。

当然、施設には多くの人が入所しており、入所の理由も障害の種類も程度も異なります。

一つ屋根の下では、一定の決まりの中で、お互いに一定の我慢をしながら生活をしなければなりません。

しかし、人が多くなればなるほど考え方や価値観に差異が生じ、トラブルや争いも起こってきます。

できることなら、なるべく個人の思いを尊重し、その人の価値観や生活ペースに合致した生き方、日常生活ができる、地域社会の中で地域の人々と共に生きることができる環境が必要なのではないのでしょうか。

日頃から、私も「生きる」とは「自己有用感をもって、人と人の間で心を通わせて生活できること」だと考えており、大きな施設の経験から、「障害を持つ人の教育は家庭のような環境で生活できることが望ましい。

もし、自分で私設を開設するならば5人から10人程度の生活ホームと考えています。」とこんな話を時々三波春夫先生と交わしていました。

そうして、これまで接してきた一人一人に思いを馳せ、新たに知的障害者のための私設を開き、地域に根差した社会福祉を実現しようと決意をしました。

新たな福祉活動を始めるに当たっては、150名を超える同志に応援を頂きスタートすることとなりました。

更に、日本ハワイ協会理事を勤めたおかげで、日本相撲協会、東関親方(ハワイ出身の高見山)の応援を頂き、第64代横綱曙さんの協力を得て、銚子、干潟、小見川、山田、東庄、佐原、成田、東京、新潟、青森そして、三波春夫先生はじめ同志の応援や地域の皆様の理解をいただき、平成5年、社会福祉協力会を立ち上げ、その後知的障害者生活ホーム「いぶき」を開設しました。

平成18年にNPO法人いぶきを設立いたしました。


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